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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)23号 決定

抗告人 川岸ミエ(仮名)

事件本人 川岸新二(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は次のとおりである。

一、原審は準禁治産宣告の制度は、(1)精神能力の不完全なる者の保護を目的とし、(2)同宣告の対象となる浪費者とは前後の思慮なく、財産を蕩尽する性癖があつて、(3)その結果自己及び家族の生活を危険に陥す者をいうとし、本件の事件本人はそれに該当しないと判示して抗告人の申立を却下した。然し右判断は下記のとおり誤りがある。

二、事件本人は抗告人との結婚後、(1)南田なみの母、(2)南田なみ、(3)小山美知子、(4)小沢良子、(5)葉山未亡人倶楽部の女、(6)大井君子、(7)その他表面に表われない女多数と関係し、女色においては無軌道という外なく、しかも抗告人にたいしては昭和三四年一月以後一銭の生活費を与えず放置して恥じるところがない。事件本人の行為は到底常人の有する健全なる精神能力ある者の行為とは考えられず、異常なる性格である。

三、本年六六歳の事件本人が前記の如き女色を異常に求めるときは思慮なき財産の浪費を伴うことはいうまでもないことである。しかも男女間の肉体交渉やこれに伴う金銭の援受は事柄の性質から秘密に行われることで当事者も公表を好まない。従つて本件の場合証拠により現われた事件本人の女色のための出費は単に氷山の一角であるにすぎない。原審判が事件本人の道楽を金持の余力による遊びの程度に軽く取扱つておることには承服し兼ねる。

四、事件本人は女色に要する費用のため、(1)長者ケ崎茶店の権利を昭和三二年五月頃金七八万円で売却し、(2)山野根の土地二筆を昭和三三年一一月一八日宮田公男に金三百万円で売却し、(3)みかど食堂の営業権を失い、(4)農業協同組合から六〇万円の借金をし、(5)みかど食堂の賃料、逗子海岸脱衣場の収入も別に貯蓄されず浪費されている。原審判は右の如き財産の処分があつても事件本人が抗告人と結婚した時の財産に比較しほとんど減少しておらない点を強調し、収入の限度での消費で浪費ではないという。しかしながら抗告人との結婚後抗告人の協力により経営したみかど食堂、茶店、脱衣場の収入により蓄績せるものは女関係で一切浪費され、しかも最も収入あるみかど食堂からは賃貸料しか入らず、芸妓上りの妾を抱え今後は急速に財産の減少することは明白である。抗告人は事件本人の妻でありながらみかど食堂を追われ、食堂の二階に独居し、昭和三四年一月以来一銭の生活費の扶助を受けておらない。すなわち事件本人の浪費により、本人ならびにその家族の生活は危険に陥つているのである。女との浪費生活を是認する如き原審判には到底服し得ないから抗告する次第である。

(一)  当裁判所の判断はつぎのとおりである。

当裁判所の見解によれば、事件本人を民法第一一条にいわゆる浪費者とは認めがたく、その理由は原審判に記すところと同じである。

(二)  抗告人は、事件本人が原審判に認定した女性以外に、南田なみの母、小沢良子、葉山未亡人倶楽部の女、その他多数の女と肉体関係を生じた旨主張するが、これを確認し得る十分な証拠はない。事件本人は妻以外の数人の女性と肉体関係を結び現在大井キミ子と同棲し、妻である抗告人にたいしては昭和三四年一月から生活費を与えていないことは原審における事件本人審尋の結果により明らかである。この事実によると事件本人に離婚原因と目さるべき不貞や悪意の遺棄に相当する行為があることは推認できるが、そして此等の事実は通常人として非難に価する行為ではあるがこれを以て、民法第一一条に所謂心神耗弱者として準禁治産宣告によつて保護すべき精神異状者に該当するとすることはなお困難である。

(三)  抗告人は、事件本人が女性関係の不始末により支出した金員について原審の認定したものは氷山の一角でその他に多額のものがあるというが、原審の認定した以外に、抗告人の主張を認めるにたる証拠がない以上抗告人の右主張も採用できない。

(四)  抗告人が前記抗告理由に述べる事件本人の財産の処分行為、借入金等はすべて原審判において認定するとおりであるが、これをもつて民法第一一条にいう浪費者に該当すると判断し得ないことも亦原審認定の事件本人の他の財産上の行為を斟酌すればおのずから明らかである。

(五)  そして本件の全資料を検討しても他に事件本人を民法第一一条に所謂心神耗弱者又は浪費者と認めるに足る資料はない。

以上の次第で抗告理由はすべて理由がなく原審判は相当であるから主文のとおり決定する。

(裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 加藤隆司)

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